ユルゲン・ハーバーマスは現代ドイツを代表する社会学者・哲学者です。「批判理論」「コミュニケーション的理性」の理論家として有名ですが、その守備範囲は社会理論をはじめ、言語哲学、科学哲学、政治・法理論、宗教論など非常に多岐にわたるため、何から手をつければよいのか途方に暮れるかもしれません。というわけでビギナーへ向けたブックガイドを公開します。

基本編

まず読むのは『コミュニケーション的行為の理論』(1981年)。 ハーバーマスの主著。マルクスやウェーバー、パーソンズなどの理論を再構成しながら、権力や支配の合理性ではなく、対話がつくり出す相互了解が合理性の基準だと主張しています。邦訳は上中下の三巻。分厚く内容もかなりハードなので輪読をおすすめします。

書名:コミュニケイション的行為の理論
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:未来社
出版年:1985-7年

次におすすめしたいのは『自然主義と宗教の間』の第1章「公共空間と政治的公共性―二つの思想的主題の生活史的ルーツ」。 2004年の京都賞受賞記念講演です。自らの研究と生い立ち、ドイツの歴史的経験とをからめた貴重な自己証言。ハーバーマスの実直なひととなりも垣間見られるでしょう。

書名:自然主義と宗教の間
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2014年

ハーバーマスの仕事の全体像を知りたければ”A Very Short Introduction”シリーズの『ハーバーマス』が便利です。さらに詳しく勉強したい人のための文献案内も収録!

書名:ハーバーマス
著者:ジェームズ・ゴードン・フィンリースン
出版社:岩波書店
出版年:2007年

法制化とコミュニケイション的行為』はハーバーマス来日シンポジウムをまとめたもの。テーマは倫理、法律、合理化、近代化。また、ハーバーマスの議論が日本でどのように受け入れられたのか知ることもできます。ただし、最初の「道徳と人倫」の回は非常に難しいので後回しにしても構いません。

書名:法制化とコミュニケイション的行為
著者:河上倫逸・M・フーブリヒト編
出版社:未来社
出版年:1987年

ハイデガーとハバーマスと携帯電話』 コミュニケーションとは何なのか。携帯電話というツールをカギにハイデガーとハーバーマス、二人の哲学者の議論から考えた著作。読み物としてもよいでしょう。

書名:ハイデガーとハバーマスと携帯電話
著者:ジョージ・マイアソン
出版社:岩波書店
出版年:2004年

討議倫理』(1991年) ハーバーマスの社会理論のコアですが非常に難解。カントの『実践理性批判』をある程度理解していないと厳しいでしょう。ちなみに、彼の「討議論理学」のまとまった著作は意外と少ないです。ほかには『道徳意識とコミュニケーション行為』(1983)。

書名:討議倫理
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2005年
書名:道徳意識とコミュニケーション行為
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:岩波書店
出版年:1991年

討議―非暴力社会へのプレリュード』 「非暴力」「対話よるよりよい政治」、それが一番正しいことは誰もが知っていますが、いまだ世界は暴力と支配に苦しんでいることも事実です。そこでコミュニケーションや討議理論は、実際にどう役立てられるのでしょうか。本書はハーバーマスをはじめとする社会、政治理論を実践に活かすためのパンフレットです。

書名:討議―非暴力社会へのプレリュード
著者:東條由紀彦・志村光太郎
出版社:明石書店
出版年:2013年

現代的トピックス

現代社会の公共性の議論としては、古典的著作である『公共性の構造転換』の第2版に追加された「1990年新板への序言」を読みましょう。東欧、中東革命に触発されたハーバーマスは、現代市民社会を非国家・非経済的な自由意志によるアソシエーションであるという捉え方へと転回することになります。

書名:公共性の構造転換[第2版]
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:未来社
出版年:1994年

人間の将来とバイオエシックス』(2001年) 遺伝子工学の発達にともなう生命倫理の問題についての論考です。慎重論としてどのような「妥当な根拠」がありうるのかを知るのに参考になります。

書名:人間の将来とバイオエシックス
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2004年

ハーバーマスの国際関係、平和論としては『引き裂かれた西洋』の第8章「国際法の立憲化のチャンスはまだあるのだろうか」(2004年)そして、『カントとの永遠平和』の第3章「二百年後から見たカントの永遠平和という理念」(1995年)がまとまった論考です。

書名:引き裂かれた西洋
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2009年
書名:カントとの永遠平和
著者:ジェームズ・ボーマン・マティアス・ルッツ・バッハマン編
出版社:未来社
出版年:2006年

科学論については、『真理と正当化』の「序文」(2004年)と『自然主義と宗教』の第6章「自由と自己決定」(2005年)がよいでしょう。脳研究をはじめ、近年発展めざましい自然科学の成果が自己決定や責任、道徳・倫理といった近代社会の原則とどう調和できるのかがテーマです。

書名:真理と正当化
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2016年
書名:自然主義と宗教の間
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2014年

宗教論について、近年活発に議論を行っています。科学的世界像が拡大する一方で、原理主義的テロリズムのような、宗教的勢力の復活が起こっています。宗教と世俗との対立をどう考えればよいのか。テキストは『自然主義と宗教』の「序文」と『信仰と知識』(2001年、『引き裂かれた西洋』に収録)、前ローマ法王ラッツィンガーと対話した『ポスト世俗化時代の哲学と宗教』(2005年)を読みましょう。また、チャールズ・テイラー、ジュディス・バトラーらとの討議『公共圏に挑戦する宗教』(2011年)もあります。

書名:自然主義と宗教の間
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2014年
書名:引き裂かれた西洋
著者:ユルゲン・ハーバーマス
出版社:法政大学出版局
出版年:2009年
書名:ポスト世俗化時代の哲学と宗教
著者:ユルゲン・ハーバーマス・ヨーゼフ ラッツィンガー
出版社:岩波書店
出版年:2007年
書名:公共圏に挑戦する宗教――ポスト世俗化時代における共棲のために
著者:ユルゲン・ハーバーマスほか
出版社:岩波書店
出版年:2014年

(文責:大窪善人)